文体練習
どれくらい歩いたか、そこに時間の感覚はもうなくなってしまっているのでわからない。十分ほどだったようにも、何時間もかかったようにも、想像ができる。地図を見ればおおよその見当がつくかもしれないが、結局そこにあるのは距離であってあの日の道のりや…
もう、分かるだろう。警備員は、顔馴染みの社員から、どこそこの階の何とか課に書類を届けておいてと頼まれ、巡視のついでに配達することがあった。そこに、新しく大型の連絡箱が設置された。中には気を利かせる警備員だって出て来る。きっとこんなことを言…
「足広げて椅子に座んな無能が!」「足を広げて椅子に座る…無…能が……」「ツーペアではしゃぐな正月の凧あげブスが!」「ツーペアで、はしゃぐなお正月の…凧あげ……」「レッドキング並みに小顔だな~~~~ドクソ!」「お笑いの語りやすさに気付かず語ってる奴…
これから先の人生でうれしいことや楽しいことがなかったとしても、かつての楽しかった記憶さえあれば励まされるというのは大げさにしても、ブンやピルルと別れる時が来てもブンやピルルとの楽しかった記憶によってきっと乗り越えられるというのも、人にはき…
いずれにしろ、水泳の先生のほうをふりかえり、微笑し、手で仕草をした瞬間(先生はもうこらえきれなくなり、吹きだしてしまった)、自分の年齢のことなど彼女はなにも知らなかった。その仕草のおかげで、ほんの一瞬のあいだ、時間に左右されたりするもので…
〈いつか現れる、俺の絵を感じ取れる人間のために描いているのだ。やつらは俺の絵から立ち昇る激しい〝憎悪〟とその造り出す〝地獄〟に怯えるだろう。そうして人の心に恐れを抱きながら、怯えた一生を暮らす事になるだろう。俺はただそれが嬉しくて〝地獄絵…
ひとつの恐怖の時代を生きたフランスの哲学者の回想によれば、人間みなが遅すぎる救助をまちこがれている恐怖の時代には、誰かひとり遥かな救いをもとめて叫び声をあげる時、それを聞く者はみな、その叫びが自分自身の声でなかったかと、わが耳を疑うという…