くるりとビートルズと真島昌利とミツメと彼女らしき人ができた同期の話

 いずれにしろ、水泳の先生のほうをふりかえり、微笑し、手で仕草をした瞬間(先生はもうこらえきれなくなり、吹きだしてしまった)、自分の年齢のことなど彼女はなにも知らなかった。その仕草のおかげで、ほんの一瞬のあいだ、時間に左右されたりするものではない彼女の魅力の本質がはっきり現われて、私を眩惑した。私は異様なほど感動した。そしてアニェスという単語が私の心にうかんだ。――ミラン・クンデラ『不滅』(菅野昭正・訳)

今日は昼過ぎから4時間ほど休日出勤の予定だったので、昨日はあまり夜更かししないようにと心がけつつも、起きるのは朝10時頃で大丈夫だろうと見当をつけて22時頃になってもレコードを聴きまくっていた。最近は散財がひどく、ディスクユニオンのサイトで注文したアナログレコードがひっきりなしに家に届くような状態で、昨日はくるりの『NIKKI』とビートルズの『リボルバー』が届いたのでまずくるりから聴いた。

くるりのアルバムでは『図鑑』か『アンテナ』が常に自分の中ではトップを争っているが、社会人になってから『NIKKI』のよさに気づき始めた。車に乗るようになったことが大きいのかもしれない。運転中に流すCDとして選ぶことが多いのはくるりの中では圧倒的に『NIKKI』だ。先週末に大阪で見たくるりのライブでも「お祭りわっしょい」や「Tonight Is The Night」や「すけべな女の子」(これは『NIKKI』には入っていないがリリースされた時期は近かったはず)をやっていて、やっぱりこのあたりの曲が好きだと改めて思った。

そう言えばくるりの「Superstar」とシャムキャッツの「BIG CAR」ってコード進行似てますよね、っていうかおんなじですよね。どっちも最高ですが。ちなみに「BIG CAR」のPVにはおれが行ったライブの映像も使われている。

次に『リボルバー』を聴いた。他のビートルズのLPと同じくディアゴスティーニのLPコレクションを買ったが毎度のことながら音がいい。「Taxman」の最初のギターとベースの音からもういいのがわかる。ここ最近の散財のおかげでレコードがだいぶ増えてきて、重量盤と普通の盤の音の違いがなんとなくわかってきたように実感しているが気のせいかもしれない。

おれは『リボルバー』では「For No One」が好きだ。英語の歌詞の意味はわからないから曲そのものよさや寂しい終わり方などが好きなのだが、実を言うと、そもそもは真島昌利が「For No One」を日本語でカバーしている音源をYouTubeで発見したのが好きになるきっかけだった。

マーシーの書く歌詞は日本のロック・ミュージシャンの中では確実にトップ・クラスだと個人的には思っている。ブルーハーツにもハイロウズにもクロマニヨンズにも、マーシーの書いた歌詞で好きな曲はたくさんあるが、おそらくマーシーが書いたであろうこの「For No One」の訳詞がこれまたすばらしい。直訳ではないことはなんとなくわかるものの曲そのものが持つ儚げな世界をまったく損なわず、かつマーシーという詩人の色がとてもよくあらわれている美しい歌詞だと思った。

彼女の髪の毛 風とたわむれる 天然色の夢を見る
彼女の笑顔は 校庭の花壇に咲いてたひまわりのよう
朝もやの湖 小舟を浮かべて漕ぎ出すよ ラムネ色の夏
よくない噂をきいたこともあるけど 瞳に嘘はないよ

――For No One / 真島昌利 (Original : The Beatles)

そのあとミツメの新譜『Ghosts』を聴こうと思ったがその前に、個人的によく似た雰囲気を感じていたスピッツの『名前をつけてやる』のブラウンのレコードを先に聴いていたら会社の同期から電話がかかってきた。仮名をつけたいが思いつかないのでエックスとしておく。エックスは島根の安来という辺境の地に配属された同期の男で、ときどき酔っているときなどおれに電話をかけてくる。話す内容は業務の不満やら田舎暮らしの不便さやらが多い。昨日もだいたいそのような内容だったが、話を聞いている途中にエックスが、おまえスピッツ聞いてんちゃうぞ、と言ってきた。エックスは京都の宇治出身の関西人だ。エックスがそう言ったときにはもうスピッツは終わっていて、ミツメのレコードに針を落としたところだった。

スピッツじゃないよ、とおれは言った。さっきはたしかにスピッツやったけど、今は違うやつ聴いとる。これもスピッツっぽいけどね、とまではおれは言わなかった。エックスはミツメなんて知っているはずがない。するとエックスは、そうか、と言ってから、いや、実はしょうもない話なんやけどな、と急ににやけたような調子の声になった。ん? なに? おれが訊くとエックスは相変わらずにやにやした口調で、いや、なんというか、たいした話ではないねんけどな、まあ、ないねんけど、あれや、おれ、いま、彼女的な人いるわ、と言った。おおお! とおれは声に出した。エックスはぜんぜんそんなことはないのに、おれは陰キャや、などとなにかにつけて抜かしているようなやつで、最近は以前仲のよかった同期の女たちから嫌われてしまったことを延々と愚痴っているような男だっただけに、おれの驚きっぷりは場違いなレベルではなかったはずだ。いやー、とつぜんの展開やな。まじで突然よ。それは、前に言っとったデリヘル嬢? ちゃうにきまってるやろ。じゃああれか、カメラサークルの関連か。まあ言ってしまえばせやな。ほえ~、ええやん。どうなるかわからんけどな。え、彼女的な人なのに、どうなるかわからんの? いや、わからんっちゅうか……一発やっただけで終わるかもしれんし。なんやそれ。まあええねん、どうでもええ話や。いやさっきまでの話の方がよっぽどどうでもええわ。正直、おれは一生クソ童貞のままで終わると思ってたけど。ははは。こんなこともあるんやな。顔はどう、可愛い? どやろ、おれは可愛いと思うねんけど、それは人によるやろうな。エックスは顔には厳しいからな、そのエックスが可愛いと思うってことは可愛いんやろ。ぜんぜん好きちゃうけどな。は? まあ、そういうことや。や、どういうことやねん。しかしまあ、あれやな。なに? こういうのは時間じゃないってことがわかったわ。時間じゃない? おれは今まで、人っていうのは時間をかけて仲よくなっていくもんやと思てたけど、こんな急に縮まる場合もあるんやなっていう。エックスがそう言ったとき、レコードはA面が終わったところで、おれは話をしながら今度はB面を表にして再び針を落とした。B面の一曲目は「なめらかな日々」だ。

まやかしに目が眩み あなたはここを去った
話の通じる人では もうなくなってしまった

――なめらかな日々 / ミツメ

へー、ラブストーリーは突然に、って感じか、とおれが冗談まじりに言うと、エックスは至って真面目な雰囲気で、そういうことやな、と言った。