フレンド・シップ ――或いは「祈りと励まし」
こうしてぼくたちは、絶えず過去へと運び去られながらも、流れにさからう舟のように、力のかぎり漕ぎ進んでゆく。
(F・スコット・フィツジェラルド『グレート・ギャツビー』野崎孝・訳)
とてもいい式だった。感慨に耽りつつ、ほとんど自分の姿が出てこない映像を編集しながら、高畑勲監督が『ホーホケキョ となりの山田くん』の絵コンテに書きつけていたというポール・ヴァレリーの言葉を思い出す。「われわれは後ずさりしながら未来に入っていくのです……」
空の底まで拭き取ったような晴天に恵まれた六月某日、渋滞のため予定より少し遅れて式場に到着すると、受付には既にそれなりの長さの列ができていた。最後尾に並びながら、列の中に見知った顔がないかと目を凝らすも、それらしい姿は見つけられない。ちょうどそのとき、トイレから出てきた赤山と目が合った。「桶ぽ~ん」「おー久しぶり!」受付を通り過ぎた奥の、参列者の待機スペースと思われるエリアから那須岡さんも出てきた。「久しぶりー!」「桶もっちゃんじゃーん!」今となってはめっきり聞く機会もなくなったかつての呼び名が懐かしい。「みんなこっちおるで~」と言い残して待機スペースに戻った赤山を見送り、受付で祝儀袋を渡すなど諸々の手続を済ませてからあとを追うと、赤山、下津君、守山、先生、ミキシ、燠田さん、那須岡さんが、部屋の中央にある円卓を囲んでいた。「おっすー」「久しぶりー」「おつかれー」「久しぶり」「忘年会以来?」「久しぶり!」「やな~」大学時代の放送部の同期のうち、主賓のタイガーを除いて姿がないのは北﨑さんとがんぽんと淵田で、今回淵田は来られないと前もってタイガーに聞いていたから、あとは北﨑さんとがんぽんか、と考えながらハンディカムを構えると、やや照れ気味の先生と、「実は撮ってないんじゃない?」とよくわからないことを口走っている笑顔の守山以外は、みんなこちらに向かって手を振ってくれた。しかしかつての先生であれば、なにを撮っているのだと激昂して、木製バットを振り回しはしないまでも、レンズを手で覆い隠すくらいのことはやったに違いなく、年月は人間をこれほど丸くするものかとしみじみ感じ入る。赤山が「自分も映らんと~」と言ってくれたので、おれはしばらくハンディカムを赤山に預けた。それから少しして北﨑さんは来たものの、挙式の開始予定時間が目前に迫ってもがんぽんの姿が見えない。ラインで連絡を取った赤山曰く、もうシャトルバスには乗っているとのことで、式場のスタッフにもそう伝えた。「もしかしてがんぽん待ち?」「あり得る!」「まさかー」結局がんぽんが到着したのは開始予定時間ちょうどだった。「めっちゃ遅れた」それから間を置かず、一同は挙式の会場へ案内された。
挙式が終わって披露宴の最中、用を足すのに一度だけ席を立ったタイミングでがんぽんと出くわした。「桶本じゃーん」「お、がんぽーん」「桶本、さっきメガネかけてたじゃん?」「あーそうそう、視力もだいぶ落ちて」「それ見てさー、桶本もお色直しかな?つって」「ははは!」「こっちのテーブル、めっちゃ盛りあがってたよ」「なんでや!」「燠田さんも笑ってたし」「ふーん、まぁウケたならよかった」ジャスト・サイズの小話をして各々のテーブルへ戻った。
そもそも結婚式に招待するメンバーを決めあぐねていたタイガーの背中を押したのは、昨年末の忘年会だった。参加人数こそ一昨年より少なかったものの、集まったミキシ、赤山、先生、下津君が、もし呼んでくれるのならぜひとも行きたいと声を揃えるのを聞いて、情にもろいタイガーは意を固めたのだった。年が明けてすぐに、同期全員を招待する旨の動画をライン・グループへ投稿し、その勢いのままに二人で余興映像の企画検討を始めた。だから約半年に亘る制作の間中、できれば同期全員に見てほしい、そして楽しんでほしいという意識が、少なくともおれの念頭にはあった。もちろん、まだ全員が来ると決まったわけではなかったし、新婦のY氏へのサプライズとして相応しい余興映像を制作するのが第一命題であったのは大前提として、しかし自分たちが楽しみながら作ったものをみんなで見るというヴィジョンに、どこか懐古的な愉しみを募らせつつ、宛先のない祈りを託すような心地で映像を制作していたのはたしかだ。たとえば学生時代に北﨑さんがメインで制作した『君待つと』というラジオ・ドラマだって、大河的なシリーズ展開を構想しながら、結局在学中には完結しなかったはずだが、なにかを作りたいという気持ちがありつづける限り、自分が何者になろうが何歳になろうが好き勝手に作ってしまえばいいと、無軌道な考えが思い浮かぶこともままある。
ともかくそのような意識で、教育学部棟やボックス棟、アミパラの前をタイガーが全力疾走するシーンは撮影されたのだったが、アミパラは看板のデザインが当時から変わっていたらしく、そこそこ常連だったはずの那須岡さんにはそこまで刺さらなかったようだった。それよりもエンド・クレジットの最後、字幕監修が出てくるところが面白かったという。
「いやぜんぶ日本語だろ、っていうね!」
タイガーの生歌に注目が集まることを見越してエンドロールは好き勝手に作っていたのだが、タイガーの歌唱姿ではなくスクリーンに目を向け続けていた者が那須岡さんの他にも何名かいたようで、ミキシは「歌が入ってから急に音のバランスが悪くなったから、ここ編集おかしいなーと思いながら途中まで見てたわ」と言っていた。その他にも、式場から岡山駅へ向かう帰りのシャトルバスの車内でがんぽんが「24fpsの映像が映画っぽくてよかった」と言ってくれたり、別の世界線(2045年)と現在とで別々の家に見えるようアングルを工夫したのが功を奏してか、同じ部屋で撮ったとは気づかなかったと三次会でミキシに言われたりした。タイガーと一緒に決めたところもあれば撮影・編集しながらひとりで勝手にこだわったところもあって、そういうあれこれが見事に言い当てられたことも嬉しくはあったけれど、たくさんの人たちから単純に面白かったと言ってもらえただけで、祈りはじゅうぶん通じたと思えたし、励ましすら与えられたように感じた。
「今年の1月13日、仕事で和気郡にある外注先まで向かう社用車の中で流していたカーラジオから、成人の日にちなんだ『自分が大人になったなと思うこと』というテーマのローカル番組で、お便りを読み上げたり自身のエピソードを披露したりする馴染みのあるアナウンサーの声が聞こえてきて、祝日に働いているのはおれだけじゃない、みんな一所懸命がんばっているんだと、それはそれは大いに励まされたものだった!」
シャトルバスの車内で当の燠田さんに(若干たどたどしく)その話をしたときの反応は「えー、聴いてくれてたのー?!」という至極穏当なものだったが、励ましなんてのは恩着せがましく与えるものではなく、受け取るほうが勝手に受け取るくらいのものでいい。そのうちシャトルバスが岡山駅前に到着した。二次会へ行かない燠田さんと守山とがんぽんとはここで別れ、那須岡さんはチェックインを済ませるためホテルへ向かい、残った下津君と先生と三人で丸善へ向かった。道すがら、おれは下津君に『くるりのえいが』の話を仕掛けた。
「あれ観てて、一箇所すごい泣きそうになったところがあって」
「ライブのところ?」
「や、ライブもよかったんやけどそこじゃなくて、なんということもない場面なんやけど、レコーディング・スタジオで色々録りまくって」そこでおれは映画を観ていない先生に「くるりが伊豆のスタジオでバンド合宿をしてアルバムを作るドキュメンタリーなんやけど」と補足した。
「うんうん」
「で、セッションしたり録った音を聴きなおしたり、色々やって一日が終わったあと、夜にその合宿所の食堂みたいなところで、スタッフとかも含めてみんなで大きい机を囲んで、晩ごはんというか宴会というか、結構豪勢な食事をみんなで食べるんやけど」
「あーはいはい」
「なぜかそれがめっちゃよくて」
「へぇ」
「なんというか、みんなですごくいい仕事を成し遂げたあとの、お疲れさまー!っていうか、満ち足りた雰囲気というか」
「達成感みたいなものか」先生が言った。
「そう! 達成感というか満足感というか、それがなんかまぶしくて、いいなーと思ったんやけど」
「ふーん」
「でも同時に、おれはこれを実際に味わうことはできんよなっていうか、おれはそんなにいい仕事を成し遂げてないぞっていう」
「あー」「なるほどなぁ」
「うん、だから、そのうちみんなで伊豆に旅行して『しもづのえいが』撮ろうや!」
「なんでや!」と下津君は半ば呆れながら笑った。
丸善では『ポケモン生態図鑑』と中公文庫版の『カラマーゾフの兄弟』(1・2)を買った。下津君が岩波文庫のエリアでうろうろしていたので声をかけた。「なんか探しとるん?」「うん、フォークナーの『響きと怒り』が読みたくて」「あーそういえば下津君、一昨年の忘年会のとき『八月の光』買っとったね」「よく憶えとるな」「ないよね、『響きと怒り』」「『アブサロム、アブサロム!』はあるのに」「半月くらい前かな? 買ったんよね、おれが」「おまえか!」と叫ぶ下津君に、おれは勝手に励まされた。
二次会、三次会、四次会と続いた祝宴も日付が変わる頃にはお開きになり、ミキシを送るついでにと、シラフの赤山の運転で倉敷まで送ってもらった。その車内で、おれはジャケットの胸ポケットに入れていたチーフばかりか内ポケットに入れていた身分を証明する重要な証書すらも紛失していることに気づき、それから二、三日ほどは己の愚かさを呪うダウナーなモードに沈み込んでいたのだったが、式の写真や動画を見返し、そこから不意に想起された記憶に基づいて、大学時代にタイガーとやっていたラジオを聴き返すうちにやがて恢復して動画の編集を始めた。ラジオにゲスト出演してくれた燠田さんが紹介した星野源の『Friend Ship』(とその選定理由)は、いつか淵田を含めた同期全員が揃うかもしれないときのために取っておきたい気もしたし、別の回に出演してくれた北﨑さんとのホットなトークを使うのも、二次会の席で本人の口から断片的に語られた諸般の事情から少し憚られたが、われわれの未来にささやかながら前向きな祈りを込めて、それぞれ動画の冒頭と末尾に引用することにした。
胸の窓光る先に
手を振りながら
離れゆく場所で
笑い合うさま
(Friend Ship / 星野源)
手巻寿司の画像とドレスコーズ『式日散花』の話
どれくらい歩いたか、そこに時間の感覚はもうなくなってしまっているのでわからない。十分ほどだったようにも、何時間もかかったようにも、想像ができる。地図を見ればおおよその見当がつくかもしれないが、結局そこにあるのは距離であってあの日の道のりや時間ではない。あの日立ち止まったり、遠回りをしたり、道に迷ったりしたことまでは地図に書かれていない。しかし重要なのは絶対にそちらの方で、だから地図を見るのは記憶を殺すことになりかねない。だから俺はもう絶対地図は見ない。
(滝口悠生『死んでいない者』)
先日、実に1年と4ヶ月と12日ぶりに行ったYouTubeラジオの収録中にタイガーが「最近の人生ゲームは結婚するかしないかをプレイヤー自身で選べるらしい」という話をしたとき、おれの頭に浮かんだのは、大学3回生のとき、部活の同期や後輩と夜な夜なやった人生ゲームで、プラスチックの車のコマの助手席にピンク色のピンを刺した画像を撮って、「結婚しました!」という文章とともにツイートした記憶だった。当時はまだXではなくTwitterで、ポストではなくツイートだった。
今となっては若気の至りとしか言いようのないツイートにつけた画像が、今回のラジオのサムネイルにちょうどいいと思い、後日HDDを探ってみたがどこにも見つからない。おれは過去に撮った画像や動画を日付ごとにフォルダ分けして保存しているのでわかったことだが、よくよく見ると2015年5月から2016年3月のフォルダが存在せず、この時期の画像がごっそり抜けている! 人生ゲームのツイートをしたのは大学生活の中でも特に浮足立っていたタイミング、つまり2015年の末から2016年の初めにかけての時期だったことはたしかなので、フォルダの空白期間にも合致する。人生ゲームの画像自体はTwitter(X)を遡れば見つかるかもしれないが、この時期には他にどのような写真を撮っていたのか? 今日まで気にもかけなかったくせに、保存・管理ができていないとわかるや俄然気になってしまって、ジョルテというスケジュール管理アプリで昔つけていた写真日記を読み返していると、当時のおれの下宿で同回生で集まって手巻寿司をやったときの画像を見つけて驚いた。いつものメンバーとも言えるタイガー、下津くん、穐山、北﨑さんと、多忙な中で時間を作って来てくれた燠田さんに、盛山と那須岡さんを加えた計8名が、窮屈そうな下宿で座卓を囲んで笑っていた。
おれが驚いたのは、そこに那須岡さんがいたことだ。おれの同回生は1年目から付かず離れずの程よい距離感で仲がよかったのだが3年目、新入部員が大量に入部してきた頃から那須岡さんがあまり部活に来なくなって云々、というのはおれ個人の主観に基づいた振り返りに過ぎずあまり妥当な内容とは言えないのかもしれないが、ともかく3年目の中頃にはほとんど交流もなくなり、いつの間にかTwitter(X)の繋がりもなくなっていた。と思っていたのが、部活動を引退して3年目も終盤の2016年1月に一緒に手巻寿司をやっている。
もちろん、那須岡さんが実際にどういう気持ちで寿司を巻いていたのかおれにはわからないし、今の今まで那須岡さんがいたことさえ忘れていたのだからおれ自身の気持ちだって怪しいものだが、それでも楽しかった記憶しか残っていない手巻寿司の日に那須岡さんがいたという事実が、自分の人生の一隅に息を吹き込んでくれたような気がして、アプリの日記に残る画素数の小さい粗悪な画像ではなく元の比較的鮮明な画像を見つけておきたいと、藁にも縋る思いで昔使っていたGALAXY NoteⅡを引っ張り出したところ、本当に幸運なことに2015年から2016年の画像を見つけ出すことができたのだった。今は機種変と言ったらデータを移行して旧本体は返却するケースがほとんどだと思うがたまたま本体が手元に残っており、さらには最近めっきり見なくなったUSB Type-Bの充電器もたまたま見つかり、無事に息を吹き返したGALAXYを起動して画像を見つけたときの感動といったらなかった。もしラジオ収録がこの後だったら間違いなくこの話をタイガーにしたはずだったが、先に収録でタイガーから人生ゲームの話を聞いていなければ、ツイートのことも手巻寿司のこともきっと思い出さなかったし、この時期の写真は失われたままだったかもしれない。「結婚しました!」の画像はちゃんと見つかった。

それがいい方向であれ悪い方向であれ、人は自分が今日まで辿ってきた人生の辻褄をあわせるように、誰に頼まれるでもなく読みやすい粗筋をこしらえては、その粗筋に沿った出来事だけを無意識に記憶して都合よく編集してしまう生き物であるようだが、それに抗う手段のひとつとしての創作というものを考えたい。バンドとして始まったものの、今は志磨遼平のソロ・プロジェクトとなっているドレスコーズの新作アルバム『式日散花』は、前作の『戀愛大全』から地続きの煌びやかなサウンドを纏いながら、前作とは対となるアルバムとして「死」をテーマに製作したと、志磨遼平はインタビューで語っている。近しい人の死を初めて経験した志磨遼平は、その死をすぐには受け容れることができず、その気分のうちに「最低なともだち」という曲を書いた。
―― その何とも言えない感情で曲を書いたことで、ご自身の中での気持ちの変化や心情の変化はありますか?
「“これで覚えていられる”と思いました。言いようのない感情を曲にすると、なんとなくいつでも思い出せるというところがあるので」
―― この曲を書いたことで楽になるとか、そういうことは?
「楽になるという効果はあまりないです。でも、それに名前が付いたという感じでしょうかね」
―― 言いようのなかったものが形になって。
「そうですね。その感情が収まって、薄まって飲み込めてしまう自分が気に入らなかったんでしょうね。“どうせこれも忘れるんでしょ?”ということが。だからそれを忘れないために、曲にしたことで、この気持ちが収まらないように、いつでも思い出せるようになった。そういう感覚のほうが強いかな」
プロの話を自分に引き寄せて考えるのは極めて烏滸がましいことだが、おれが大学の頃に部誌に書いていた文章も、ここ数年タイガーが自作している曲たちも、態度としては同じことではないか。文章として、あるいは曲として書き残しておくことで、その頃の自分が一日の大半を費やして考えていたこと、楽しい/嬉しい/悲しい/苦しい気持ち、それらを忘れずにいることができる。久しぶりのラジオ収録で、最近楽しかったことは?というタイガーからの質問に、おれはすぐに答えることができなかった。それは社会人となったおれの身の回りに楽しい出来事が起こっていないからではなく、それを書き残すことをやめてしまっているがために憶えていられないのではないか、というところまで考えて、この話をひとりで喋ってYouTubeに上げるのもいいかと思い、参考として、なかなか収録ができないことに業を煮やしたタイガーがひとりで喋って数ヶ月前にYouTubeにあげていたラジオを聴き返した。「孤独編」と題されたその動画では、大学生の頃におれとタイガーと数人の仲間で飲み屋に行ったとき、タイガーが酔いつぶれて帰宅した後で家中の酒瓶の中身を流しに捨てたという話をしていたのだが、おれの記憶ではタイガーは酒を流しに捨ててはいない。大量の酒瓶の中身を流しに捨てたのは、デンゼル・ワシントン演じる映画『フライト』の主人公だ。念のため大学生当時に収録したラジオも聴き返してみたが、たしかにタイガーは「酒の瓶が目に入るだけで気分が悪くなる」とは言いつつ「今は靴箱の中に隠してある」と言っており、おれは「フライトみたいに流しに捨てたらええやん!」とツッコんでいた。だから憶えていた。
ここでおれが感じたのは、どちらが正しかったとかいう答えあわせよりも、たまたま同じ時期に観た映画のワン・シーンが、自身の体験のひとつとして記憶されることの不思議さを面白がる方がよっぽど楽しいということで、1年と4ヶ月と12日ぶりの収録だとか、今はTwitterではなくXだとか、そういうつまらないことをいちいち気にするのもぜんぶ辻褄あわせだ。文章を書く曲を作るラジオを録る、そうやって残したいと思える記憶があって、一方でそこから零れ落ちたり捏造されたりする記憶があって、それらを忘れたり思い出したりまた忘れたり二度と思い出さなかったりする人生、その面白さに思いを馳せつつ、来週末に行く予定のドレスコーズのライブを楽しみにしている。
真空ジェシカのM-1決勝進出と、betcover!!『時間』の話
もう、分かるだろう。警備員は、顔馴染みの社員から、どこそこの階の何とか課に書類を届けておいてと頼まれ、巡視のついでに配達することがあった。そこに、新しく大型の連絡箱が設置された。中には気を利かせる警備員だって出て来る。きっとこんなことを言ったんだ。「そこは私が回る予定の場所に入っていないから、書類に宛名と差し出し人の名を書いて、連絡箱の中に放り込んどいて下さい」それを出発点にして、朝までに配達してほしい書類は連絡箱に入れておくという習慣が確立するまでに、大して時間はかからなかっただろう。そのうち、警備員と親しくない奴まで使い始める。連絡箱は、いつしか「ポスト」と呼ばれるようになり、『社内局』なんてものの存在がまことしやかに語られ、信じられるようになった。
(伊井直行『さして重要でない一日』)
日々の忙しさにかまけることなくインプット、インプット、インプットを続けられていることに安心・慢心してアウトプットを怠っていると、どれほど鮮烈な感慨であっても次第に薄まってしまい、それを止めることは容易ではない。あの小説がよかったとかあの曲がよかったとか、アニメの『ODDTAXI』が面白かったとか、ひとときの感慨は知らず知らずのうちに忘却されるか、よくて単なる記録へと成り果てる。そんな事柄を忘れずに覚えておきたいと思いながらも、忙しない毎日の中でこまめにアウトプットを続けることの大変さといったら尋常ではなく、そうは言っても可能な限り流されたくない、抗いたいと思いながらしたためているのがこのブログではあるのだけれど、前回の記事からまたまた1年近く経過してしまった。あの時点ではまだM-1グランプリ2020でまさかマヂカルラブリーが優勝するなんて考えもしなかった。そのM-1グランプリの今年の決勝進出者が先日発表された。
━━━━━━━━━━━━━
— M-1グランプリ (@M1GRANDPRIX) December 2, 2021
🏆M-1グランプリ2021🏆
ファイナリストはこの9組!
━━━━━━━━━━━━━#もも#真空ジェシカ#モグライダー#オズワルド#ランジャタイ#インディアンス#ゆにばーす#錦鯉#ロングコートダディ
👑決勝は12月19日(日)
📺午後6時34分~生放送#M1 #M1グランプリ pic.twitter.com/h5BQ5F44Rx
おれの好きな真空ジェシカが選ばれたことは当然嬉しくはあるのだが、世代・界隈を限定したネタに重きを置く、いわゆる内輪ネタと喝破されかねない真空ジェシカの笑いが、M-1決勝の舞台で好意的に評価されるだろうかと不毛な心配をしてしまう。同じくおれの好きなジェラードンが今年のキングオブコントの決勝に進出したときも似たような不安を感じたものだった。もちろんジェラードンはジェラードンらしく、真空ジェシカは真空ジェシカらしく自分たちのやりたい笑いを突き詰めてほしいし、真空ジェシカは上で書いた芸風ではあるがM-1の予選では万人ウケしそうなネタもきっちり用意する周到さも持ち合わせているので、基本的にM-1決勝は楽しみである。おれの好きな真空ジェシカのネタを貼ろうかと思ったが、決勝に向けたネタバレ対策か公式チャンネルのネタ動画が軒並み非公開にされていたのでラフターナイトの動画と、公式チャンネルに残っていた単独RTAの動画を貼る。(決勝ネタ終わりに逆ニッチェで登場してほしい気持ち半分、正々堂々と戦ってほしい気持ち半分)
真空ジェシカの他にも、3年連続決勝進出のオズワルドとか、昨年の敗者復活で最下位となり「国民最低~」と言っていたランジャタイとか、いずれも楽しみなメンツではあるのだが、決勝進出コンビの来歴がどうとか下馬評がどうとか、敗者復活組の豪華さについてとかは他で散々触れられているのでここでは書かない。
ところで昨年のM-1の決勝翌日の月曜、職場でM-1の話をしている何人かに出くわしたがいずれもマヂカルラブリーの優勝に納得がいっていない様子で、今年のM-1はよくわからなかったと声を揃えて言っていた記憶がある。もしそれらの意見が世間一般の総意と大差ないとするならば、昨年に輪をかけて混迷を極めること必至のM-1グランプリ2021は、ますます世間一般の人間にとってとっつきにくいものになってゆくのだろうか。おれは常々「お笑いのサブカル化」ということを考えながら、純文学もロック音楽もサブカルだ、お笑いだってサブカルになってしまえ! という思いを新たにしつつ、とはいえ大衆と呼ばれる大多数の人々を楽しませてこそのお笑いだよね、てな気持ちもやっぱり捨てきれない。わかる人にだけわかる、が普通になってしまったらお笑いは駄目だと思う一方で、おれのようなオタクが求めるのはそういう芸風だったり芸人だったりするのが大いにジレンマだ。そんな小難しいことは考えず、頭を空っぽにして純粋に笑っていられるほうがぜったいにいい。それはわかっている。
先日友人のタイガーから、お前は音楽を聴くとき、どこを好んで聴くのか? という旨の質問をされた。本音を言えば、それはひと言で要約できる類のものではないし言葉にできるものですらない、と返したかったところだがタイガーはそういう答えを受け付けない人間なので、おれは必死になって言葉を尽くそうと努力したのだけれど、たとえば歌詞? とかも大事やとは思うけど、洋楽は歌詞なんか全然わからんけど好きなもんは聴くしな。ふーん、でも流行りの曲とかは聴かんのやろ? や、流行りの音楽やから聴かんってわけじゃなくて、流行っててもいいなと思ったものは聴くし、ただ歌詞とかが最近の曲は捻りがないというか、ストレートすぎるというか、同じことを歌うにしてもちょっと変な、わかりにくい言い回しとかしてるほうが好きやなおれは、スピッツとかそうやし、あとはまああれかな、人気があるよりは人気がないほうを応援したくなるというか、そういう気持ちの面というか、バンドとかそうやし、と、おれは言葉を尽くすがまったく核心に触れられていないどころか、結局音楽好きとか言いつつ音楽のなにを好き好んで聴いているのか? 言い回しとか人気のなさとかアティテュードとか、結局音楽以外の部分で選り好んで聴いているんじゃないのか? といった自己批判の声がだんだん自分の中で大きくなるのを意識しながら、話は平行線を辿ったまま尻すぼみになっていった。
おれがもっと言葉とその使い方を知っていれば、おれの感じたことや考えていることをより正確に表現することができるのに、という思いは、浅学なりに日々知識をつければつけるほど深まる一方だが、そんなこと言ったって好きなもんは好きなんだし好きでいられてるんだからいいじゃーん、という怠け者の自分もちょくちょく顔を出す。そうやって正当化するならばせめて、なにを感じてなにを考えていたかということを拙いながらも言葉で書き残すことくらいはやっておこうと、今こうやってだらだらとブログを書きながら考えているところだ。
ここ数年ほど、その年に出た新しい音楽の中で自分が気に入ったものをアルバム単位・曲単位で振り返り、まとめる作業を続けている。本当なら結果を記事にでもして書き残しておきたいのだがそんな体力もなく、Spotifyのプレイリストを作る程度で済ませている。今年はまだ諦めていない。昨年のアルバムの一番はBBHFの『BBHF1 -南下する青年-』で、今年はbetcover!!の『時間』だ。
betcover!!のアルバムは2019年のデビュー以降毎年ランキングに入れているし前回の記事でも紹介しているが、今回の『時間』は音楽好き界隈からの評価も特に高いようで、Rate Your Musicという海外の音楽レビュー・サイトで好意的に取り上げられていたり、Twitterの好事家たちがこぞって絶賛していたり、みのミュージックで紹介されていたりしたのを見た。おれはギターの音色で言えば前々作にあたるデビュー・アルバムの『中学生』のほうが好みだが、トータルの統一感で言えば『時間』は圧倒的だ。各楽器の狂暴的な演奏を前面に出しつつ、不穏さとキャッチ―さとが入り混じるメロディ・ラインや、哀切な懐かしみを湛えた歌詞と、これまでのbetcover!!の音楽にもあった要素が各々強度を増しながら、これまで以上に有機的に絡み合っているような印象を受けた。全曲よかったが特に「あいどる」がおれは好きだ。
はみ出してしまったね
どうしたいのかわからないけど
これから起きること全部
ユメでよかった
(あいどる / betcover!!)
Twitterやブログに書かれた小説や音楽の感想を検索して読むことが多い。どの人も自分の好きなもの・ことを適切に言葉で表現できてすごい、とおれは思う。おれがこの音楽/小説/お笑いを好きな理由は言葉じゃ説明できない、と宣うのは結構な話であるが、言葉で説明できない気持ちは誰にも知られないままいつか消えてしまう。それを承知で居直るか、人に伝えられるよう努力を続けるか。今のおれは後者でありたい。なんだか暗い締め括りになってしまった感もあるので、最後にタイガーとおれがやっているラジオ番組のCMを貼って終わりにする。
餃子名人伝
都に住む蒼水という男が、天下第一の餃子の名人になろうと志を立てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、当今餃子をとっては、名手・煙韮に及ぶ者があろうとは思われぬ。蒼水は遥々煙韮をたずねてその門に入った。
煙韮は新入の門人に、先ず油を学べと命じた。蒼水は市場に寄って種々雑多の油を購めた後で家に帰り、その油を各々壺に注いで舐め比べた。各々の味の相違を識る為の工夫である。理由を知らない妻は大いに驚いた。来る日も来る日も彼は油を舐め、修練を重ねる。二年の後には、大鍋の芋煮に入った一滴の胡麻油の味を判ずるに及んで、彼は漸く自信を得て、師の煙韮にこれを告げた。
それを聞いて煙韮がいう。油を識るのみでは未だ餃道を授けるに足りぬ。次には、平常心を学べ。平常心に熟して、万事に中ろうとも動ずることのなくなったならば、来って我に告げるがよいと。
蒼水は再び家に戻り、庭の大岩に胡坐する生活を始めた。風物は次第に移り変る。煕々として照っていた春の陽は何時か烈しい夏の光に変り、澄んだ秋空を高く雁が渡って行ったかと思うと、はや、寒々とした灰色の空から霙が落ちかかる。蒼水は根気よく、大岩の上で不動の日々を過した。そして三年の後、ついに、彼の目の睫毛に小さな一匹の蓑虫が吊り下がり、居を構えるに至った。
蒼水は早速師の許に赴いてこれを報ずる。煙韮は高蹈して胸を打ち、初めて「出かしたぞ」と褒めた。そうして、直ちに餃術の奥儀秘伝を剰すところなく蒼水に授け始めた。
基礎訓練に五年もかけた甲斐があって蒼水の腕前の上達は、驚くほど速い。
奥儀伝授が始まってから十日の後、試みに蒼水が餃子を焼くに、絢爛美々たる羽根を焼きつける。一月の後、平鍋に並んだ百余個の餃子に万遍なく火を通す。傍で見ていた師の煙韮も思わず「善し!」と言った。
最早師から学び取るべき何ものも無くなった或日、煙韮はこの非凡な弟子に向って言った。最早、伝うべき程のことは悉く伝えた。爾がもしこれ以上この道の蘊奥を極めたいと望むならば、ゆいて西の方餃山の嶮に攀じ、その頂を極めよ。そこには蒜鏡老師とて古今を曠しゅうする餃道の大家がおられる筈。老師の技に比べれば、我々の餃子の如きは殆ど児戯に類する。爾の師と頼むべきは、今は蒜鏡師の外にあるまいと。
蒼水は直ぐに西に向って旅立つ。その人の前に出ては我々の技の如き児戯にひとしいと言った師の言葉が、彼の自尊心にこたえた。もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指す彼の望も、まだまだ前途程遠い訳である。己が業が児戯に類するかどうか、とにもかくにも早くその人に会って腕を比べたいとあせりつつ、彼はひたすらに道を急ぐ。足裏を破り脛を傷つけ、危巌を攀じ桟道を渡って、一月の後に彼は漸く目指す山顛に辿りつく。
気負い立つ蒼水を迎えたのは、羊のような柔和な目をした、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。年齢は百歳をも超えていよう。腰の曲っているせいもあって、白髯は歩く時も地に曳きずっている。
相手が聾かも知れぬと、大声に遽だしく蒼水は来意を告げる。己が技の程を見て貰いたい旨を述べると、あせり立った彼は相手の返辞をも待たず、いきなり背に負うた平鍋を手に執った。そうして、忽ち狐色の羽根の付いた餃子を焼き上げてみせた。
一通り出来るようじゃな、と老人が穏やかな微笑を含んで言う。だが、それは所詮餃之餃子というもの、好漢未だ不餃之餃子を知らぬと見える。
ムッとした蒼水を導いて、老隠者は、其処から二百歩ばかり離れた絶壁の上まで連れて来る。脚下は文字通りの屏風の如き壁立千仭、遥か真下に糸のような細さに見える渓流を一寸覗いただけで忽ち眩暈を感ずる程の高さである。その断崖から半ば宙に乗出した危石の上につかつかと老人は駈上り、では餃子というものをお目にかけようかな、と言った。蒼水はすぐに気が付いて言った。しかし、平鍋はどうなさる? 平鍋は? 老人は素手だったのである。平鍋? と老人は笑う。平鍋の要る中はまだ餃之餃子じゃ。不餃之餃子には、鐵の平鍋も烏漆の菜箸もいらぬ。
ちょうど彼等の真上、空の極めて高い所を一羽の鳶が悠々と輪を画いていた。その胡麻粒ほどに小さく見える姿を暫く見上げていた蒜鏡が、やがて、甲高く狗吠の如き声をうぉんとあげれば、見よ、鳶は羽ばたきもせず中空から石の如くに落ちて来るや、その姿はみるみる餃子へと変身し、馥郁たる薫香を漂わせ始めるではないか。
蒼水は慄然とした。今にして始めて餃道の深淵を覗き得た心地であった。
九年の間、蒼水はこの老名人の許に留まった。その間如何なる修業を積んだものやらそれは誰にも判らぬ。
九年たって山を降りて来た時、人々は蒼水の顔付の変ったのに驚いた。以前の負けず嫌いな精悍な面魂は何処かに影をひそめ、何の表情も無い、木偶の如く愚者の如き容貌に変っている。久しぶりに旧師の煙韮を訪ねた時、しかし、煙韮はこの顔付を一見すると感嘆して叫んだ。これでこそ初めて天下の名人だ。我儕のごとき、足下にも及ぶものでないと。
都は、天下一の名人となって戻って来た蒼水を迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧返った。
ところが蒼水は一向にその要望に応えようとしない。いや、平鍋さえ絶えて手に取ろうとしない。山に入る時に携えて行った強靭堅固の平鍋も何処かへ棄てて来た様子である。そのわけを訊ねた一人に答えて、蒼水は懶げに言った。至為は為す無く、至言は言を去り、至餃は焼くことなしと。成程と、至極物分りのいい都人士は直ぐに合点した。平鍋を執らざる餃子の名人は彼等の誇となった。蒼水が平鍋に触れなければ触れない程、彼の無敵の評判は愈々喧伝された。
蒜鏡師の許を辞してから四十年の後、蒼水は静かに、誠に煙の如く静かに世を去った。その四十年の間、彼は絶えて餃子を口にすることが無かった。口にさえしなかった位だから、平鍋を執っての活動などあろう筈が無い。勿論、寓話作者としてはここで老名人に掉尾の大活躍をさせて、名人の真に名人たる所以を明らかにしたいのは山々ながら、一方、又、何としても古書に記された事実を曲げる訳には行かぬ。実際、老後の彼に就いては唯無為にして化したとばかりで、次のような妙な話の外には何一つ伝わっていないのだから。
その話というのは、彼の死ぬ一二年前のことらしい。或日老いたる蒼水が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの料理を出された。確かに見憶えのある料理だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その味も思い当らない。老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ料理で、又どんな味がするのかと。主人は、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老蒼水は真剣になって再び尋ねる。それでも相手は曖昧な笑を浮べて、客の心をはかりかねた様子である。三度蒼水が真面目な顔をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼は客の眼を凝乎と見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼は殆ど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。
「ああ、夫子が、――古今無双の餃子の名人たる夫子が、餃子を忘れ果てられたとや? ああ、餃子という名も、その味すらも!」
その後当分の間、都では、画家は絵筆を隠し、楽人は瑟の絃を断ち、ゲーマーはコントローラーを手にするのを恥じたということである。
引用・参考文献
長谷川白紙、君島大空、betcover!!
「足広げて椅子に座んな無能が!」
「足を広げて椅子に座る…無…能が……」
「ツーペアではしゃぐな正月の凧あげブスが!」
「ツーペアで、はしゃぐなお正月の…凧あげ……」
「レッドキング並みに小顔だな~~~~ドクソ!」
「お笑いの語りやすさに気付かず語ってる奴、全員死んでくれ!」
「安い黄色いワンタンみたいなチンコしやがって」
「安い黄色いワンタン…チンコ……」
「お笑いの語りやすさに気付かず語ってる奴、頼むから死んでくれ!」(乗代雄介『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』より「レッスン1は死ねボケナス」)
ブログを書いていなかった約1年半の間に世界は一変した。志村けんが亡くなり、シャムキャッツは解散し、じゃがたらがSpotifyで聴けるようになった。おれには彼女ができたが友人のタイガーは大学時代から5年近く付き合っていた彼女と別れた。いま「彼女」と書いた2箇所を一度「恋人」に直してから再び「彼女」に戻したところだが、そんな風に、文字に起こすとなんとも覚束ないというか居心地の悪くなるような類の話題であるので今のところ深掘りするつもりはない。
その他の私的な変化点といったら、仕事が忙しくなったとかレコードの所蔵枚数が激増したとか、未だにほぼ毎日欠かさず『あつまれ どうぶつの森』をやっているとかその程度で、今日は忙しい仕事の合間を縫って午後半休を取得して年に一度の健康診断を受けてきた。ちょうど免許更新の時期とも重なっていたので、どうせなら同じ日に済ませてしまおうと健康診断が終わってから病院の近くの警察署に向かったのだが、警察署での更新時には写真を持参する必要がある、倉敷運転免許センターでの更新なら写真の持参は不要だと言われたのが15:10のこと。事前の確認を怠っていたおれは写真を用意していなかった。センターの最終受付は15:30だったので、半ば諦めつつそれでもとにかく急いでセンターに向かったものの、渋滞やら何やらで間に合わず結局免許更新はできなかった。車中では長谷川白紙の『エアにに』を流していた。
昨年このアルバムが出るまで、長谷川白紙の音楽は難解だというイメージがおれにはあったのだが、アルバム冒頭の「あなただけ」は一発で好きになった。一度「あなただけ」を聴くと、不思議なことに他の長谷川白紙の楽曲も以前より楽しんで聴けるようになった感じがした。おれの頭が柔らかくなったというよりは、長谷川白紙がおれたちのような人間のいる地平まで降りてきてくれた、という解釈が正しい気がする。以前このブログでも書いた姫乃たま『パノラマ街道まっしぐら』に長谷川白紙が提供した「いつくしい日々」も、『エアにに』の中でセルフ・カバーしているがこれもいい。エアにに、という言葉の意味はよくわからないけれども。
と、おれが昨年出たアルバムをいま聴いているのはなぜかというと、長谷川白紙と近いジャンルにいる、というかSpotifyの「これもおすすめ」欄に互いの名前がいちばんに載りあうような関係の君島大空のミニ・アルバム『縫層』が今日リリースされたからで、おれは深夜0時にSpotifyで聴けるようになってすぐにスマホから垂れ流しながらそのまま入眠した。
なんだか最近聴いている音楽を紹介するだけのブログになってしまいそうであるが、1年半前に書いていた内容を見返してみると同じようなものだった。当時はまだ部活の後輩でしかなかった今の彼女に誘われて野球に行くことを決めた日のブログが印象的すぎて、脈略なく好きなことを書くという最初のスタンスを忘れかけていたようだ。もうひとつ過去のブログを見返していて思ったことだが、長谷川白紙も君島大空も音楽は好きだが歌詞がひとつもわからない。よって引用したい箇所もない。CDを買わずにサブスクで聴いているからかもしれない。大学の頃に音楽好きの後輩が、自分は歌詞云々には拘泥せず曲の良さだけで音楽の好悪を判断している、といった旨のことを言っていて、どちらかといえば曲も歌詞も重んじるタイプのおれは軽くコンプレックスを感じたものだったが、今となってはどうでもよいことである。
長谷川白紙も君島大空もおれより年下のミュージシャンで、ここ数年は崎山蒼志とか藤井風(タイガーに聴かせると、生ぬるい!と一蹴していた)とか若い世代の台頭著しく、それをお笑い第7世代のような感じでナントカ世代と呼んでよいのかどうかは判然としないまでも、かれら若い世代のなかでおれはbetcover!!がいちばん好きだ。今年出た『告白』もいいが、昨年出たデビュー・アルバムがとにかくすばらしい。
『中学生』という人を食ったような名前のこのアルバムでまず好きになったのはギターの音。1曲目の「羽」を聴いてもらえば早いのだが、全体を通して圧倒的に信用できる音しか鳴っていない、という感覚があった。また音だけでなく歌詞に描かれる内容も印象的だ。町田康も対談で褒めていた。
『エアにに』と比べるとあまり話題に上っているのを見たことがない、という事実に微かな怒りを感じるほどに、『中学生』は今後何十年も語り継がれるべきアルバムだとおれは思う。対談の中で町田康が言っているように、歌詞を独立させて考えるのは危険なことであるし、音楽そのもののほんとうの魅力を伝えることにはならないかもしれないが、最後に『中学生』の中で好きな歌詞をいくつか貼って終わりにする。
おそらく今後も仕事の忙しさ等々でブログを書く時間を捻出するのは難しい。また次は1年半後か、もしかするともっと先になるかもしれない。それでも出来うる限り、そう出来うる限り己自身の道を歩むべく、反抗を続けてみようじゃないか。ガストロンジャー。
風のさ
取り巻きと語り合って
悲しいことも
忘れられたらいいのに(羽 / betcover!!)
夏の荒野をかける遠吠え
鉛筆の芯の白い光
それは天から与えられた役
抜け駆けは許されん
雨ざらしに忘れられた家の中で
もっと気まぐれに話をすれば
良かった(異星人 / betcover!!)
明日意外の朝を迎えたい
(決壊 / betcover!!)
なくすべきものは
早めになくそう(雲の上 / betcover!!)
文体練習_190531
これから先の人生でうれしいことや楽しいことがなかったとしても、かつての楽しかった記憶さえあれば励まされるというのは大げさにしても、ブンやピルルと別れる時が来てもブンやピルルとの楽しかった記憶によってきっと乗り越えられるというのも、人にはきっと大げさに聞こえるだろうがそれぐらいの気持ちではある。人は七十か八十になったら過去の楽しかった記憶だけを反芻して生きていけるのだとしたら、それらを思い出すためのきっかけになる外からの刺激が必要だから、家の中で一日中テレビを見ている老人とかは、テレビの内容を見ているのでなく過去の思い出を引き出す刺激を見ているのではないか。――保坂和志『未明の闘争』
ここ最近丸亀製麺の釜玉うどんにハマっていて、昨日も仕事帰りに食べたにもかかわらず今日も仕事帰りに寄ったのだが、今日はどういうわけか信じられないほど多くの人々がおれの行きつけの丸亀製麺に押しかけていて駐車場も満員だった。おれは面倒くさいなと思ったが今日はどうしても丸亀製麺の釜玉うどんが食べたかったので、ひっきりなしに駐車場を出入りする車を忙しなく誘導しまっくている係員の指示に従い、駐車スペースが空くまでしばらく往生した後でようやく駐車して丸亀製麺に向かった。そこで気がついた。ソフトバンクのユーザーを対象に、金曜限定でうどんが一杯無料になるクーポン的なものが店先で配布されていたのである。おれの携帯はドコモだからおれはこのキャンペーンとは一切関係がない。おれは帰ってやろうかと思ったが今日はどうしても丸亀製麺の釜玉うどんが食べたかったので仕方なく行列に並んだ。周りの客、客、客、客、客を見るとそのほとんどがスマホを操作し、アルバイトと思しき死にかけのような表情(陳腐な比喩ではなく本当に!)の若い男に向かってスマホの画面を提示し、うどん一杯無料クーポンを我先にと入手しているのだった。家族連れがおり、若者のグループがおり、老夫婦と思しき男女がおり、みな一様に無料クーポンを求め行列に並んでいた。クーポンを得る権利もなく、ただ釜玉うどんが食べたい一心で行列に紛れ込みその様子を眺めていたおれは考えた。あなた方はそのクーポンによって一杯のうどんを無料で得ることができたかもしれない。しかしあなた方はそれと同時に、たった一杯のうどん以上のなにかを失ってはいないだろうか?
会社の行き帰りはドレスコーズの『平凡』を聴いていた。
ドレスコーズは今月の初めに出たばかりの『ジャズ』もすばらしいが、楽曲の強度でいったら2017年に出たこの『平凡』の方が個人的な感想としてはすごい。POLYSICSのハヤシがギター、元ZAZEN BOYSの吉田一郎がベースで参加していてとてつもなくファンクだ。といっておきながらおれはファンクについて詳しくはないが『平凡』にはそれを感じた。おれの乏しい音楽的知識でいうと、暗黒大陸じゃがたらの『南蛮渡来』が2017年に蘇った感じというのがせいぜいだ。暗黒大陸じゃがたらもJAGATARAもSpotifyにはない。
『平凡』以降、というか志磨遼平以外のメンバーが抜けてひとりぼっち体制になって以降のドレスコーズはなんというかすさまじくて、といっても『平凡』以前の『1』と『オーディション』をまともに聴いていないばかりか、『平凡』と『ジャズ』の間の『ドレスコーズの「三文オペラ」』さえ聴いていないおれが言えることではないのかもしれないが、近年のドレスコーズ=志磨遼平の作る音楽には、ゲストの豪華さとは別の意味で特に磨きがかかったように感じる。なおかつメロディがキャッチ―なのがいい。ファンクネスとポップネス。『平凡』でいうところの「アートvsデザイン」の理想的な共存。
今週はその他に椎名林檎の新譜やHAPPYの1stや曽我部恵一BANDの1stなどを聴いていたが正直言って今週はそれどころではなかった。その日は日曜だったがいつもの習慣で朝6時頃に一度目が覚めて、携帯を確認すると雨宮まりからラインの通知が来ていた。通知には、
私今から仕事なのでしばらくライン見れませんが、ご検討よろしくお願いします!
と表示されていて着信は1時間前となっていた。6時に見た時点で1時間経っていたわけだから雨宮まりがこのラインを送ったのは5時頃ということだ。朝早えな!という考えが真ッ先に浮かんだがすぐに、雨宮まり?!なんで?!今?!ご検討ってなに?!という考えが脳内の大半を占めた。雨宮まりは大学時代の部活の2つ年下の後輩で、おれは大学3回生のときに雨宮まりを誘って二人でエレファントカシマシのライブを見に大阪へ行った。後日、おれが今度は雨宮まりを食事に誘ったら、雨宮まりの周囲がおれの想いをそれとなく察してそのことを本人に伝えたところ雨宮まりもそれを察して、食事そのものは実現したが雨宮まりが同期数人に声をかけた上におれはおれで同期のタイガーを誘って結局わけのわからない結果に終わり、それからおれは深い悲しみに沈んだまま就活に突入するなどして雨宮まりとのつながりもそれきりになった。それから3年以上の月日が経過したわけだ。今年は3月に大学を卒業して社会人1年目になる年だろうということは自分が社会人3年目になったことから逆算して認識していたが、実際に雨宮まりがどのような進路を選択して今どこにいるのかということさえ知らなかった状態で唐突にそんな連絡が来たものだから、朝5時に出勤するという雨宮まりの職業以上に気になることや疑問は次々に浮かんだ。ラインを開くと、6月にプロ野球の試合を部活の同期の川田君と見に行くのだが他の野球好きの先輩方にも声をかけて欲しいという内容だった。ナイターとはいえ平日ですし、阪神対楽天なので、先輩ももし興味があれば来ていただけると嬉しいです!
たしかにおれの同期のタイガー(巨人ファン)や北﨑さん(巨人ファン)は野球好きだが、そもそも雨宮まりがおれにラインを送ってくる意味がわからない。おれを経由して他のおれの同期を誘いたいなら川田君が送ってくればいい。だいぶ急やな!!声かけるのは全然ええけど、なにゆえそんな急に?
私の職場の人が、そのチケットを持ってて、行けなくなったから雨宮さんにあげるって話になんとなくなったんです。うわーい!って喜んでたんですけど、連休後には違う人の手に渡ってて…😱 せっかく岡山に阪神来るのになぁと思って、野球分かる川田くんに行こうや!って声かけて、じゃあ誰誘おう?からの、先輩達と一緒に野球見に行きたいって言いながら行ってないなー…声かけてみよう! の流れです笑
というようなやりとりをしていても実感がない。2019年にもなって雨宮まりから連絡が来るなんて考えもしなかった。雨宮まりがおれの人生にこのような形でふたたび登場するとは夢にも思わなかった。雨宮まりはおれの目の前を通り過ぎていく幾多の人間のひとりだと思っていた。3年前の顛末をよく知るタイガーも今回のことは信じられない様子で、最初に雨宮まりから来たラインのスクリーンショットを送ったときはわざわざ電話を寄越してくれた。いやどういうことやねん! おれにもわからんわ! 怪しいというかもはや怖え! そんなやりとりをタイガーと交わしながらも雨宮まりとのラインは続いていて、これまたとつぜん雨宮まりが、やっとトイストーリー観ました泣きました、と書いてきた。雨宮まりがそんなことを覚えていたとは到底思えないが、おれは3年前の大阪の帰りの新幹線での雨宮まりとの会話を思い出した。北浦さんが好きなのってピクサー映画でしたっけ?
そう! ピクサー見たことある?
私、トイ・ストーリー1しか見たことないんです。
マジで? それは貸すよ、貸す貸す!
えっ、そんな……
おれDVD持っとるから!
えっ? DVD?
うん。
あっ、そういうことか。
ん? どういうこと?
私がピクサー見たことないから、それはカスだ!って言われたのかと思いました!
なんやそれ!
という長い間ずっと忘れていた会話を、おれは雨宮まりから連絡が来なかったらきっと思い出すことはなかった。思い出そうが忘れたままでいようがどうでもいいようなやりとりだと、言ってしまえばそれまでではある。たしかに自分の人生の指針となるような大それた記憶ではないかもしれない。しかしふとしたきっかけで思い出したときに、ほんの微細な力で自分の背中を押してくれるような、これからの人生に少しばかりの光が差し込まれるような、そういう作用を持った記憶であることには間違いがなくて、おれはそういう記憶の集積で生きているようなものだと今週になってようやく思い至った。おれはタイガーと北﨑さんにも声をかけて野球観戦に行くことにした。
ニッポンのお笑い、百年のネタを見る② 中田ダイマル・ラケット/夢路いとし・喜味こいし
中田ダイマル・ラケット 辿り着いた王道

夢路いとし・喜味こいし 近代漫才の完成
