手巻寿司の画像とドレスコーズ『式日散花』の話

 どれくらい歩いたか、そこに時間の感覚はもうなくなってしまっているのでわからない。十分ほどだったようにも、何時間もかかったようにも、想像ができる。地図を見ればおおよその見当がつくかもしれないが、結局そこにあるのは距離であってあの日の道のりや時間ではない。あの日立ち止まったり、遠回りをしたり、道に迷ったりしたことまでは地図に書かれていない。しかし重要なのは絶対にそちらの方で、だから地図を見るのは記憶を殺すことになりかねない。だから俺はもう絶対地図は見ない。

滝口悠生『死んでいない者』)

先日、実に1年と4ヶ月と12日ぶりに行ったYouTubeラジオの収録中にタイガーが「最近の人生ゲームは結婚するかしないかをプレイヤー自身で選べるらしい」という話をしたとき、おれの頭に浮かんだのは、大学3回生のとき、部活の同期や後輩と夜な夜なやった人生ゲームで、プラスチックの車のコマの助手席にピンク色のピンを刺した画像を撮って、「結婚しました!」という文章とともにツイートした記憶だった。当時はまだXではなくTwitterで、ポストではなくツイートだった。

今となっては若気の至りとしか言いようのないツイートにつけた画像が、今回のラジオのサムネイルにちょうどいいと思い、後日HDDを探ってみたがどこにも見つからない。おれは過去に撮った画像や動画を日付ごとにフォルダ分けして保存しているのでわかったことだが、よくよく見ると2015年5月から2016年3月のフォルダが存在せず、この時期の画像がごっそり抜けている! 人生ゲームのツイートをしたのは大学生活の中でも特に浮足立っていたタイミング、つまり2015年の末から2016年の初めにかけての時期だったことはたしかなので、フォルダの空白期間にも合致する。人生ゲームの画像自体はTwitter(X)を遡れば見つかるかもしれないが、この時期には他にどのような写真を撮っていたのか? 今日まで気にもかけなかったくせに、保存・管理ができていないとわかるや俄然気になってしまって、ジョルテというスケジュール管理アプリで昔つけていた写真日記を読み返していると、当時のおれの下宿で同回生で集まって手巻寿司をやったときの画像を見つけて驚いた。いつものメンバーとも言えるタイガー、下津くん、穐山、北﨑さんと、多忙な中で時間を作って来てくれた燠田さんに、盛山と那須岡さんを加えた計8名が、窮屈そうな下宿で座卓を囲んで笑っていた。

おれが驚いたのは、そこに那須岡さんがいたことだ。おれの同回生は1年目から付かず離れずの程よい距離感で仲がよかったのだが3年目、新入部員が大量に入部してきた頃から那須岡さんがあまり部活に来なくなって云々、というのはおれ個人の主観に基づいた振り返りに過ぎずあまり妥当な内容とは言えないのかもしれないが、ともかく3年目の中頃にはほとんど交流もなくなり、いつの間にかTwitter(X)の繋がりもなくなっていた。と思っていたのが、部活動を引退して3年目も終盤の2016年1月に一緒に手巻寿司をやっている。

もちろん、那須岡さんが実際にどういう気持ちで寿司を巻いていたのかおれにはわからないし、今の今まで那須岡さんがいたことさえ忘れていたのだからおれ自身の気持ちだって怪しいものだが、それでも楽しかった記憶しか残っていない手巻寿司の日に那須岡さんがいたという事実が、自分の人生の一隅に息を吹き込んでくれたような気がして、アプリの日記に残る画素数の小さい粗悪な画像ではなく元の比較的鮮明な画像を見つけておきたいと、藁にも縋る思いで昔使っていたGALAXY NoteⅡを引っ張り出したところ、本当に幸運なことに2015年から2016年の画像を見つけ出すことができたのだった。今は機種変と言ったらデータを移行して旧本体は返却するケースがほとんどだと思うがたまたま本体が手元に残っており、さらには最近めっきり見なくなったUSB Type-Bの充電器もたまたま見つかり、無事に息を吹き返したGALAXYを起動して画像を見つけたときの感動といったらなかった。もしラジオ収録がこの後だったら間違いなくこの話をタイガーにしたはずだったが、先に収録でタイガーから人生ゲームの話を聞いていなければ、ツイートのことも手巻寿司のこともきっと思い出さなかったし、この時期の写真は失われたままだったかもしれない。「結婚しました!」の画像はちゃんと見つかった。

それがいい方向であれ悪い方向であれ、人は自分が今日まで辿ってきた人生の辻褄をあわせるように、誰に頼まれるでもなく読みやすい粗筋をこしらえては、その粗筋に沿った出来事だけを無意識に記憶して都合よく編集してしまう生き物であるようだが、それに抗う手段のひとつとしての創作というものを考えたい。バンドとして始まったものの、今は志磨遼平のソロ・プロジェクトとなっているドレスコーズの新作アルバム『式日散花』は、前作の『戀愛大全』から地続きの煌びやかなサウンドを纏いながら、前作とは対となるアルバムとして「死」をテーマに製作したと、志磨遼平はインタビューで語っている。近しい人の死を初めて経験した志磨遼平は、その死をすぐには受け容れることができず、その気分のうちに「最低なともだち」という曲を書いた。

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―― その何とも言えない感情で曲を書いたことで、ご自身の中での気持ちの変化や心情の変化はありますか?

「“これで覚えていられる”と思いました。言いようのない感情を曲にすると、なんとなくいつでも思い出せるというところがあるので」

―― この曲を書いたことで楽になるとか、そういうことは?

「楽になるという効果はあまりないです。でも、それに名前が付いたという感じでしょうかね」

―― 言いようのなかったものが形になって。

「そうですね。その感情が収まって、薄まって飲み込めてしまう自分が気に入らなかったんでしょうね。“どうせこれも忘れるんでしょ?”ということが。だからそれを忘れないために、曲にしたことで、この気持ちが収まらないように、いつでも思い出せるようになった。そういう感覚のほうが強いかな」

プロの話を自分に引き寄せて考えるのは極めて烏滸がましいことだが、おれが大学の頃に部誌に書いていた文章も、ここ数年タイガーが自作している曲たちも、態度としては同じことではないか。文章として、あるいは曲として書き残しておくことで、その頃の自分が一日の大半を費やして考えていたこと、楽しい/嬉しい/悲しい/苦しい気持ち、それらを忘れずにいることができる。久しぶりのラジオ収録で、最近楽しかったことは?というタイガーからの質問に、おれはすぐに答えることができなかった。それは社会人となったおれの身の回りに楽しい出来事が起こっていないからではなく、それを書き残すことをやめてしまっているがために憶えていられないのではないか、というところまで考えて、この話をひとりで喋ってYouTubeに上げるのもいいかと思い、参考として、なかなか収録ができないことに業を煮やしたタイガーがひとりで喋って数ヶ月前にYouTubeにあげていたラジオを聴き返した。「孤独編」と題されたその動画では、大学生の頃におれとタイガーと数人の仲間で飲み屋に行ったとき、タイガーが酔いつぶれて帰宅した後で家中の酒瓶の中身を流しに捨てたという話をしていたのだが、おれの記憶ではタイガーは酒を流しに捨ててはいない。大量の酒瓶の中身を流しに捨てたのは、デンゼル・ワシントン演じる映画『フライト』の主人公だ。念のため大学生当時に収録したラジオも聴き返してみたが、たしかにタイガーは「酒の瓶が目に入るだけで気分が悪くなる」とは言いつつ「今は靴箱の中に隠してある」と言っており、おれは「フライトみたいに流しに捨てたらええやん!」とツッコんでいた。だから憶えていた。

ここでおれが感じたのは、どちらが正しかったとかいう答えあわせよりも、たまたま同じ時期に観た映画のワン・シーンが、自身の体験のひとつとして記憶されることの不思議さを面白がる方がよっぽど楽しいということで、1年と4ヶ月と12日ぶりの収録だとか、今はTwitterではなくXだとか、そういうつまらないことをいちいち気にするのもぜんぶ辻褄あわせだ。文章を書く曲を作るラジオを録る、そうやって残したいと思える記憶があって、一方でそこから零れ落ちたり捏造されたりする記憶があって、それらを忘れたり思い出したりまた忘れたり二度と思い出さなかったりする人生、その面白さに思いを馳せつつ、来週末に行く予定のドレスコーズのライブを楽しみにしている。